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タクシー運転手 体験談

怪異画の女

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誰もいないはずの車内で

あれは3年前でした。季節は秋です。
私はタクシー運転手をしていました。まだなりたてでした。
その日も朝から、乗客を求めて繁華街を流していました。しかし、どういうわけか1人も乗せることができません。まだ不慣れなせいか、タイミングを逃してしまって他のタクシーにお客を取られてしまったり、いつの間にか人通りのない道に紛れ込んだり、散々でした。
脳裏には、私がタクシー運転手になることを反対した人たちの顔が浮かびます。両親、銀行に勤める2歳上の兄、アパレル業界に就職した3つ下の妹、ブライダル業界で働く親友、それから恩師、叔父、祖母、隣家のおばさん、行きつけのレンタルDVDショップの店員、メイドカフェの店員も皆反対します。亡くなった祖父までもが夢に現れて「やめなさい」と言います。
今に見ていろ。タクシー運転手として幸せになり、反対した皆を驚かせてやる。
そんな風に思ってハンドルを握っていると、少しの間、ボーッとしてしまったようです。私は急に肩をつかまれ、ハッと我に返りました。

二度目のびっくり

しかし、お客は乗っていないはずです。お客どころか、タクシー車内には私しかいません。
体中から一気に汗が吹き出しました。振り返りましたが、もちろん誰もいません。それでも肩には、ハッキリと手の感触が残っています。
私はスピードをゆるめ、路肩にタクシーを停めました。とにかく、ひと息つきたかったのです。
と、次の瞬間、タクシーの窓ガラスをコンコンと、叩く音がして、私は運転席で思わず飛び上がりました。
歩道側を見ると、30代と思われる女性が微笑みながら会釈しています。どうやらお客さんらしいです。
私は後部座席のドアを開け、その女性を車内に迎え入れました。女性は行き先を告げると、しばらく黙って外の景色を眺めていました。
私はなぜかドキドキが続いています。

理由なき質問

すると突然、その女性が「運転手さんは歌川国芳って知ってます?」と聞いてきました。びっくりしました。私は大学で日本の絵画史を専攻していて、特に歌川国芳を論文のテーマにしていたンです。
歌川国芳は江戸時代末期の浮世絵師で、役者絵、武者絵、美人画、戯画、春画と多彩なジャンルを描いたのですが、私が特に惹かれたのは巨大なガイコツや化け物を描いた怪異ものです。
「歌川国芳って、あのガイコツ画とかの?」と聞き返すと、うれしそうに「知っているんですか」と言って、女性の顔が輝きました。
それからは2人で歌川国芳や、浮世絵の魅力について語り合いました。目的地に着いてからもメーターを直し、ずっと話していました。
その女性とはその後、すっかり友人になりました。後で聞くと、停まっているタクシーを見て、直感的に突然、歌川国芳について聞きたくなったそうです。理由はよく分からないとか。
とにかく私は、今もタクシー運転手を続けています。

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